「ひとごとではない香港情勢」

 

初めて香港を訪問した38年前、空港からホテルへ向かうタクシーのカーラジオで流れていたのは岸田智史の「きみの朝」の広東語カバーだった。東京から来た雑誌記者だという理由だけで若い女性からサインを求められたことも忘れられない。レコード屋を職業とし、中古盤を求めて二度目に訪れた25年前も、多くの香港の音盤店には「中文、英文、日文」と三つのセクションがあった。日文とはもちろん日本語ポップスのことである。

そして今、帽子を目深にかぶり、黒いマスクで顔を隠した多くの若者たちが真剣なまなざしを覗かせて、流ちょうな日本語で日本のメディアに答える。相変わらず香港の人々が日本を大好きだと思う気持ちに変化はないようだ。

民主化デモに参加する二百万人。もし本土の政権が強引な弾圧をするような事態になれば多くの香港人が難民として外国に逃れるだろう。その多くが向かう国は台湾や米国やオーストラリアであろう。しかし、少なからぬ人々が日本に助けを求めてくるのは必然だ。

われわれと大差ない文化や価値観を持った香港難民が日本になだれ込む時、日本の移民政策も大きな転換点を迎えざるを得ない。

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